夏帆's profile砂時計BlogLists Tools Help

Blog


    August 05

    逃げ。

     
    後悔しても、伝えた言葉をなかったことにはできない。
    自分を責めることが、相手を責めるより困らせることも少なくない。
    傷つくのが嫌で、自分を守った結果、相手に嫌な思いをさせてる。
    要するに、自分勝手。 
    それを理解ってるから、寂しいなんていえるはずもなく。
     
    いつも他人を責めてるくせに、いざ自分が責められると、
    すぐに最悪の結果を考えて、逃げ回る。
    言われるまで逃げてることに気づかないけど。
    結局相手から手を伸ばしてくれる事を望んでる。
     
    自分を責めれば、解決するとはいかないまでも、話が終わるんじゃないか。
    そんな考えで、上辺だけで、自分が悪かったことにする。
    最初はほんとに責めてるつもりでも。
     
    意地張ってると大切なものを失くしてしまう。
    わかってるつもりでも、素直になれない。
     
    このまま関係の終わりに走ることを提案して、
    相手が引き止めてくれることで、愛をはかる。
     
    ”さようなら” ”きらい” ”もう知らない”
     
    この言葉の威力をボクは知ってるはずなのに。
    簡単に口にしてはいけない、そんな軽い言葉じゃないことを
    ボクは確かに知ってるはずなのに。
     
     
    離れていったほうがいいのかな。
    一緒にいることが負担になるくらいなら、誰かを傷つけてしまうくらいなら。
    それこそ、終わりに走ったほうがいいのかな。
     
    June 10

    リク消化しろよ!


    はい、リク全消化目前にして、割り込み。

    すいません、さっさと消化しろって話ですよね。

    まだ待ってくださってる方、もう少し!もう少し待ってください!



    ちょっと色々考えた事。


    例えば、人を好きになるのとか愛する
    (これはまぁ、恋人だったり、友人だったり、家族だったり、
    そんなんじゃ定義できない相手だったり色々だけど)のに、
    理由とか資格っているのかな。


    まぁ、人の数だけ考え方のある事柄だから何とも言えないけども。
    ボクぁ、理由はまぁどうであれ資格があるとかないとか
    関係ないと思っとるわけですよ。
    例え資格があろうがなかろうが、好きになるときは好きになるし、
    ときめくときはときめくんだ!ってね。


    ”自分にはそんな資格がない”


    そう思って、人とのかかわりを絶つのは自由だし、
    その人の考え方だから止めはしない。
    でもね、確かに愛する人がいて、愛してくれる人がいて、
    それなのに、その相手にその考えをぶつけるのは、すごく、悲しい。



    ま、だからどうだって話ではないんですけども。
    ボクの考え方というかなんというかなんで、読み流してください;


    ってかこんなん書いてる暇あったらリク消化しろって話ですね。

    す、すいませんでした…!

    March 06

    テストやだなぁ…。

    今日初めて履いた靴下の裏に穴が開いていたという罠。
    こんばんわ、緑雨です。↑びっくりしました(笑)

    今日は詩を二つ。



    「花火」

    はらはらこぼれる星くずが


    揺れる水面に飛び込んで


    流れ流れてまたたき始め


    深い紺碧いろどれば


    ああ 海まで夜空にかわる。



    「オルゴール」

    LalaLa 優しい声が

    ”あの頃”と一緒にとびだして

    LaliLa はじく音で

    眠る私を静かに起こす



    愛しい歌を そっとつめこんで

    思いでも少し隠して

    目を閉じ 夢がまわり始める

    あざやかな 恋模様のように

    優しく軽く うたって奏でて

    LalaLa LaliLa


    February 17

    触れてみる

    もしボクが、「余命一年」 言われたらどうするだろう。
    翔さんのブログを読んで、考えてみた。

    ボクは今とても幸せな環境にある。
    家族に恵まれてるし。ボクは健康そのものだし。
    困った事もほとんどなくて、愛してくれる人もいて。
    それが、あたりまえになりすぎているから、たとえばその現実を
    つきつけられたとき、ボクは耐えられる自信がない。
    壊れて しまうかもしれない。
    こんな事を言えば、今一生懸命そういう状況で闘ってる人
    にすごく失礼かもしれないけど。

    一年ってすごく、短い。
    春も夏も秋も冬も、後一回ずつしか感じられない。
    そんな中でボクは、何を思って生きるだろう。闘うだろう。抗うだろう。
    大切な人。愛しい人。やりたいこと。刻み付けておきたい時。自分の事。
    きっと一日中考えて、答えが見つからないまま、眠っていくのかな。



    じゃあ、たとえばもし、ボクの大切な人が 「余命一年」 告げられたら。
    ボクはどうするだろう。何を思うだろう。考えるだろう。
    その人のために、自分のために、なにができるんだろう。
    たまらなく恐い。多分耐えられない。

    ボクは、人一倍「死」に触れるのを拒む。
    自分のもとから、なにかが消えていくのがたまらなくつらいから。
    そんなボクだけど、大切な人の「死」には触れていられるんだろうか。
    後を、追って行ったりはしないだろうか。


    ボクは、強くない。脆い。
    死なない事が、死ぬほど簡単な世の中で。
    本当に生きていくことができるのかな。